机の上に並べられた、幾つものプレゼントの箱。それを眺めていると自然と口元が緩んできました。
 大小様々な箱の中で一番小さなそれを、私は愛しげに撫でました。いけないことだ、と思います。贈り物に順位をつけるなんて。
けど、それでも。彼からこれを受け取った時感じた喜び。それは間違いなく本物で、今の私にとって何より大切な気持ち。
 小箱を撫でながら、触れ合った指先の感触を思い出します。恥ずかしい。照れ臭い。そして、嬉しい。
 全く理論的ではありませんね、と呟いてから、私は箱を開けました。中の物を手に取ります。青色の、新しいリボン。
誕生日とは、その人がこの世に生を受けた日。その日を祝う慣習があるということは、データで知っていました。
けど、自分がお祝いされたのは今日が初めてです。




 皆がよそよそしい。そう感じながら過ごしたこの数日間。
 いつもなら私が起こすまで眠ったままの彼は、自主的に起床してを私を避けるかのようにさっさと登校してしまう。
昼食を一緒にしようとしても何だかんだと理由を付けて断わられてしまう。寮の他の面々も同じようなものでした。
 私は何か悪いことをしてしまったのだろうか。そう思い悩んで足取り重く帰路につき、寮の扉を開けた私を出迎えたのは鳴り響くパーティークラッカーでした。

『アイギス、誕生日おめでとう!』

 一瞬何が起こったかわからず、目をぱちくちさせていた私はさぞおかしな顔をしていたに違いありません。
 呆然と立ち尽くす私に彼が歩み寄ってきて、この数日間の自分達の態度を侘びました。
急にパーティーを開いてびっくりさせたかったんだ、とも。他にもゆかりさん経由で――そのゆかりさんはというと海外留学した美鶴さんからのエアメールで私の誕生日のことを知ったそうです――私の誕生日のことを知ったんだとも言っていましたが、私はもう聞いていませんでした。
ぽろぽろ涙が溢れて止まりませんでした。その反応に驚く彼。慌てふためいて必死に謝罪する彼。
私の涙の理由を知っているが故にその様子を黙って見ている女性陣と、ここぞとばかりに彼をからかう順平さん。
乾さんは年齢に似合わぬため息と、微笑みを浮かべてそれを見ていました。
コロマルさんは私にしかわからぬ言葉で「泣かないで」と伝えてきました。困らせてごめんなさい。
でも、本当に寂しかったんです。だから、これくらいは多めに見て欲しいな、と私は涙を拭いながら思いました。


 それから始まったパーティー。料理の練習を積んで随分その腕前を上げた風花さんはゆかりさんとの合作ケーキを披露しました。
 順平さんは皆の制止も聞かず第二回伊織順平アワーを開催しようとしてゆかりさんの激しい突っ込みをくらっていました。
彼は管弦楽部で練習したバイオリンの腕前を見せてくれました。遠い異国の空の下にいる美鶴さんと、遠方の大学に進学した明彦さんは残念ながら出席できませんでしたが、二人ともバースデーカードを送ってくれました。

『僕からは、これ』
 
 そう言ってプレゼントの箱を差し出した彼の顔は微かに赤らんでいて。
 でも、私の顔色が変わるとしたら、その時の私はもっと赤くなっていたに違いありません。
 おずおずと差し出した手と、プレゼントを受け取った時触れ合った彼の指先の感触。
こうしてリボンを手に取っていると、その感触がまだ残っているような気がします。
 ジェネレーターの出力が不自然に上昇。
 顔面部分の温度の上昇も確認。
でも、決して不愉快ではない。彼から嬉しいことをされたときに感じるこの感覚は、今の私にとって生きる喜びそのものなのですから。

『そのリボン、大分傷んじゃっただろ? だから』

 開けていいですか、と尋ねてから丁寧に包装紙を解くと、中に入っていたのはプラスチックの小箱。
 その中身は新しいリボンでした。色は青。海を思わせるような深い青色は、私に彼との「再会」の地を思い起こさせました。
脳裏に蘇るのは海。白い砂浜。潮の匂い。あの夏の日、私は彼と再会したのです。
 彼と片時も離れてはならない。そう思ったのは間違いなく彼の中にあった「デス」のせいだったでしょう。
 彼の中に封印した「デス」を監視するため、私は彼の傍にいなければなりませんでした。
対シャドウ兵器として生まれた私。それ以外で在ろうとすることなど考えもしなかった私。
そんな私にそれ以外のものを与えてくれたのは、彼でした。
 無口でお世辞にも愛想がよいとは言い難くて、人によっては醒めているようにも見える彼。
 特別課外活動部の仲間達でさえ、最初はそんな彼に苛立ちを感じることもあったそうです。
けど、そんな彼の心の中は本当は誰よりも温かいのだということを、今では皆が知っています。彼はただ、感情を表すのが苦手なだけ。
そして、どうしたら仲間達の危険を最小限に抑えて戦えるのか常に考えているだけ。
その心の内がどんなに怒りや悲しみで満たされようとも、彼は自身が最善と思える選択肢を選び、仲間を守るために力を尽くしているのだと。
 それが分かった時、私の胸の内で芽生えるものがありました。彼を守りたい。その心に影を差すものを打ち払いたい。
彼の傍らに在りたいと、強く思ったのです。単なる使命だったそれは、私自身の願う唯一のことになりました。
それがどんなに罪深いことかも知らないで。



 ――時々、思うことがあります。私と出会うことがなければ、彼は平凡で幸せな人生を送れたのではないかと。



 失った記憶を取り戻した時、私は愕然としました。彼の中に「デス」を封印したのは私。
 力不足で彼と彼の家族を戦闘に巻き込み、彼を一人ぼっちにしたのも私。彼が特殊なペルソナ能力に目覚めてしまったのも、全てを忘れて安らかに死ぬか、勝ち目の無い戦いに挑んで苦しんで死ぬかの絶望的な二択を彼に強いる羽目になったのも、全て私のせい。
消えてしまいたい、と思いました。「デス」――稜時さんとの戦いで壊れてしまってもそれならそれでいいと、あの時の私は本気で思っていたのです。それで彼に対する罪が僅かでも償えるなら。
 でも、違ったのですね。あなたは私の下らない自己満足や逃避など、ものともしない位強かった。
 決断の時を間近に控え、誰に恨み言を言うでもなく、答えは決まったと静かに言ったあなた。
その瞳に強い意志の光を湛え、ゼロに等しい勝率の戦いに赴くことを決意したことを無言で示したあなた。
どちらの結末も認めない。勝って未来を勝ち取るのだと、その瞳は百万言を費やすより雄弁に語っていました。
あなたは、最初から私などが守る必要ない位強かった。彼を守る? 言葉にするのもおこがましい。
少なくとも、あの時の甘えた私には口にする資格のない言葉でした。それでもあなたと一緒にいたいと、それだけしか言えなかった私。
そんな私に彼はむしろ来て欲しい、と言ってくれました。こうなったのは君のせいじゃない、君はあの時正しいことをしたんだ、とも。
 一度起きたことを無かったことになんか出来ない。どうしようと、私の罪は消えないのです。
 それでも、私は彼と一緒にいたいと思ってしまいました。贖罪になどならないとわかっていても、今度こそ彼を守りたかった。
私にたくさんのものを教えてくれた彼と仲間達の為に戦いたかった。
 ……皆が一生懸命生きている、この世界が終わるなんて駄目だと、そう思ったんです。
 

 戦いの末、奇跡は果たされました。勝ち取った平和の中で、皆が新しい道を歩き出している。それはなんと幸せなことでしょうか。
 
「……明日の朝が楽しみです」

 「明日」が来る。そんな当たり前のことがこんなに尊く感じられる。これもまた彼のおかげでしょうか。
 リボンに指を掛ける。シュルっという音と共に、ほどけるリボン。
机の上に落ちたそれを、私はプレゼントを包んでいた包装紙で包み始めました。
どちらも捨てられないと思ったのです。彼との思い出が染みこんだリボンも、彼のくれた物の一部も。
 明日の朝は、彼の部屋に行きましょう。ねぼすけな彼を起こす時、この贈り物を身に着けた姿を見せてあげましょう。
 最初に見せる人は、彼でなければダメなんです。

 包装紙で包んだ古いリボンを、私はそっと机の引き出しに仕舞いました。
 これからもずっと彼との思い出を積み重ねていけるといいな、と思いながら。

 机の電灯を消し、ベッドの上に横たわる。楽しかった今日を思い、明日のことを考えて微笑みながら、私はそっと目を閉じる。


 ――来年も再来年もその先も、ずっと一緒に。



あとがき

 FESの存在を無視したSSです。……ペルソナ3の主人公は、アイギスと幸せになってほしかった。



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