"スタンド"に「強い」「弱い」の概念はない。ただ、使い方の「上手い」「下手」だけがある。
 これが、"スタンド使い"との戦いを通じ、ヴィルヘルミナが学んできた教訓だった。
 彼らとの戦いにおいて、フレイムヘイズとしての身体能力の高さや、身に着けた戦いの定石など、アドバンテージの一つにしか過ぎない。
それさえも状況次第で却って仇になることがあった。
 髪の毛一本動かす力もない"スタンド"に仲間の命が脅かされたことがあった。
赤子の"スタンド使い"に夢の中に引きずり込まれ、命を落とし掛けたことがあった。
意思を持つ妖刀があの娘の身体を乗っ取り、一行を切り刻み掛けたことがあった。
賭けに負けた相手の魂を抜き取る"スタンド使い"に出会った時は、危うく全員魂を抜き取られるところだった。
状況次第・使い方次第で幾らでもそのアドバンテージを引っくり返し、追い詰め、殺すことが可能な能力。それが"スタンド"だ。
 その点、空条承太郎は"スタンド"の使い方が抜群に上手かった。
 時には真っ向から殴り合って相手を捻じ伏せ、時には自分の土俵に相手を引きずり込み、また時には"スタンド"をブラフに使い、相手を動揺させて心の隙を突く。 承太郎は自身の"スタンド"の強みと弱みを理解し、それを最大限活かす方法を心得ていた。
そして、相手の能力を見極める観察眼と冷静な判断力を持っていた。それは相手がDIOの命令を受け、一行を襲ってきた"紅世の徒"相手でも変わらなかった。 承太郎は人間でありながら、"徒"を相手に戦い、勝利してきたのだ。
 ヴィルヘルミナは自他共に認める融通の利かない頑固な性格の持ち主ではあったが、道理の分からない石頭ではない。
 旅を続ける中でそんな場面を幾度となく見れば、当初の自分の評価が誤りだったと、彼女は認めざるを得なかった。

 ……あの娘のいる部屋で堂々と煙草を吸い、酒をあおるのを見ると腹が立ってくるのは変わらなかったが。
 未成年自重しろ、と何度も思った。 特に煙草の煙は人体にとって猛毒なのだ。受動喫煙の恐ろしさを知らないのか。
大体、発がん性物質たっぷりの煙を、あの娘の前でくゆらせる神経がおかしい。
そう言った趣旨の小言を言うことが多くなり、時には「やかましいッ、うっとおしいぞォ!」と承太郎が怒鳴り返すこともあった。
そんな時は、決まってヴィルヘルミナのリボンと承太郎のスタープラチナが激しい攻防戦を展開するのだった。
煙草の箱やビール缶を巡り、突き出される無数の拳とリボン。決して渦中の品物が壊れなかった辺りが無駄にハイレベルだった。

 ヴィルヘルミナが承太郎の実力を認めても、個人的には気に喰わなかった理由はもう一つあった。
 その理由に比べたら他の事などほんの瑣末なことに思える位の大きな理由だった。
よりにもよって、あの娘が空条承太郎に対して好意を抱き始めたことだ。
 前々から嫌な予感はしていた。フレイムヘイズになるべくして育ち、フレイムヘイズとして戦って生きてきたあの娘が、ありのままの自分で接することの出来た初めての人間。それがあの男、空条承太郎。 お互い、媚びることもおもねることも知らない性格だ。
衝突するのは必然と言えた。
 だが、承太郎とあの娘の間には妙な遠慮だとか、後ろ暗い悪意だとかいったものが一切なかった。
 むしろ彼女達はそれを楽しんでいる風にすら、ヴィルヘルミナには見えた。
 恐らく、彼女達は自分達が思うよりずっと似通った部分を持っていたのだろう。
自身の中に揺らぐことのない信念を持っていることも、その一つだ。
似通っているからこそぶつかり合う。しかし、それを乗り越えた時にはより一層強い絆が生まれる。
あの娘の気持ちが、かつてヴィルヘルミナが唯一人の男に向けたそれと同じ物に変わっていくのも、無理からぬことだったのかもしれない。
 だが、ヴィルヘルミナはどうしてもあの娘の気持ちを認めることが出来なかった。
 自分の育ててきた「理想的かつ完璧なフレイムヘイズ」が、空条承太郎に出会ったことで変わってしまうことが許せなかった。
しかも、あの男は人間なのだ。過去、フレイムヘイズと親交を結んだ人間は無数にいた。愛し合った者達だっていた。
だが、その果てに待っているものは避けえぬ離別だ。あの娘にとっては辛いことばかりだ。少なくともヴィルヘルミナにはそう思えた。
 ……そして、多分、あの男はあの娘のことをそういう風には考えていない。戦友としての信頼はあっても、女として愛してはいない。
 幸いな筈の事実が、重石となってヴィルヘルミナに圧し掛かった。
 虹色の炎を背にした、亡き男の面影がヴィルヘルミナの思考を軋ませた。
自分ではないただ一人の女を愛し、それ以外の何者にも目をくれず、愛した女との誓いに殉じた男。
何百年と共に過ごしながら、とうとう彼が彼女に捧げた愛の、ほんのひとかけらすら得ることが出来なかった自分。
同じ想いをあの娘にさせたくない、という気持ちがあった。避けられる傷をあえて受ける必要はない、と思っていた。
それが結局は自分の恐怖をあの娘に投影しているだけなのだと分かってはいても。


 クセの強い旅の仲間達の中で、あの娘を除いてヴィルヘルミナが最も付き合いやすかったのはジョセフ・ジョースターだった。
 ジョセフは人の身でありながら、太古から蘇った恐るべき怪物「柱の男」達を討滅してのけた強者。
「柱の男」最後の一人であり、秘宝「エイジャの赤石」と石仮面の力で究極生物へと変身を遂げたカーズを宇宙へと追放した功績はフレイムヘイズの間でも有名である。
 大袈裟ではなく、地球の生命体全てにとっての危機を救った男。その勇名を聞き及んでいたヴィルヘルミナは、出会った当初こそ自分の抱いていたイメージと実際に会った本人とのギャップに戸惑った。
 だが、旅を続ける内に、この好々爺めいた人物がその偉業を為しただけのことはある器量を、現在に至っても尚保ち続けていることに対する敬意を払うようになった。 彼の機転や閃きが一行の危機を救ったことだって、一度や二度では無いのだから。
そうした経緯もあって、個人的な相談を話せる位には、ヴィルヘルミナは彼に心を許すようになったのだ。
 "紅世の徒"や"スタンド使い"との直接的戦闘において、ジョセフ以上の活躍を見せていた承太郎にそうならなかったのは、人柄やその他諸々の違いだ、とヴィルヘルミナは自分を納得させていた。
仮にあの娘のことが無かったとしても、承太郎と仲が良い自分の姿など彼女は想像が出来なかった。
 だから、あの娘に『承太郎とヴィルヘルミナって仲が良いのか悪いのかわからない』と言われた時は驚くやら腹が立つやら。
己の育てたフレイムヘイズは人の関係を測る目が曇ってしまったのか、と嘆いたりもした。
似たようなことを仲間達に言われたのがまた腹が立った。
ジョセフにまで同じことを言われた時は、暗殺団に自分の部下が加わっているのを見た時のジュリアス・シーザーのような気分だった。
 何時の事だったか、ヴィルヘルミナは旅の最終目的に比べればごく瑣末なこと――彼女にとってはある意味それに匹敵する程大きな悩みではあったのだが――について、そんな彼と話をしたことがある。
 その日はたまたまいい宿が取れた。宿の中には小さいがバーがあった。たまにはいいか。それに、酒をお供に考えたいこともある。
 そう思ったヴィルヘルミナは、部屋から出てバーへと向かった。
途中で会ったジョセフの同行の申し出を承諾し、二人は歩いた。その途中で更にポルナレフに会った。
一緒に付いて来ようとしたポルナレフは、『たまに二人でいなくなるけど何してんだ? ウヒヒ』などと言ったのでヴィルヘルミナが階段の下に投げ落とした。
 芸術的な角度で落下していくポルナレフを尻目に、二人は進んだ。
 『OH MY GOD!』というジョセフの呟きを、ヴィルヘルミナは無表情で聞き流した。
イギーは伸びているポルナレフの下へといの一番に駆け寄ると、ズボンのポケットからコーヒー味のガムを探り出してすぐに立ち去った。
 バーに着いたヴィルヘルミナは、チーズとワインを注文した。ジョセフもヴィルヘルミナが注文したのと同じワインを頼んだ。

『何か吐き出したいことがあるんじゃあないか?』

 促されて、ヴィルヘルミナははっとした。どうしてわかったのか、という表情でジョセフを見た。
『顔に書いてあるワイ』と快活に笑い返されて、ヴィルヘルミナは苦虫を噛み潰したような顔をした。
自分は何故こうも隠し事が苦手なのか、と何百年以来答えの出ない問いを頭の中で繰り返した。
 そんな物は無い、と答えることも出来た。しかし、そうすればますます墓穴を掘るような気がして、結局沈黙を保つ。
 グラスに注がれたワインを、ぐいと飲み干した。

『……話すだけ話してみたらどうじゃ? 誰かに話を聞いて貰うだけでも、結構気分が軽くなったりするもんじゃよ』

 ジョセフがワインのボトルを手に持つ。彼の身体が一瞬薄暗い店内で光を放った。
 「波紋」という、呼吸と血液の流れが生み出す神秘の力だった。
 チベットの秘境に暮らす密僧から、石仮面の力に対抗する力を求めたウィル・A・ツェペリへ。
ウィル・A・ツェペリから、石仮面を被って吸血鬼となったディオ・ブランドーを倒すための力を求めたジョナサン・ジョースターへ。
そして、ジョナサン・ジョースターから運命に抗う為の力を求めたジョセフ・ジョースターへ。数奇なる運命の結果、今彼と共にある力だ。
 ヴィルヘルミナは、人間を止めて数百年になる。フレイムヘイズとして"紅世の徒"と戦い、その中で為す術も無く奴等に喰われていく人間達をずっと見てきた。
 ……人間は弱い。人間は脆い。その考えを固めるには十分な時間と経験を重ねてきた。
 それが少しずつ変わってきたのは、旅を始めてからだった。それは"スタンド使い"の戦闘力を見てきたから。それも確かにあった。
しかし、それだけではない。
 ただの人間にしか過ぎないジョセフが「柱の男」を討滅したように。ただの人間にしか過ぎない承太郎らが"紅世の徒"に立ち向かい、勝利してきたように。人間の強さとは、可能性と勇気と共にあるのだということを、ヴィルヘルミナは「思い出してきていた」のだった。
かつて人間であった者として。
 あの娘は多分、空条承太郎の中に一際大きく輝くその強さに魅せられたのだろう、とヴィルヘルミナは思っていた。
 ……止せ、と言ってしまいたかった。
太陽を目指すイカロスを下から眺める者がいたとしたら、きっとこんな気持ちを抱えていたのだろうと思った。

『ま、もう一杯どうぞ』

 ジョセフがなみなみとグラスにワインを注いだ。ヴィルヘルミナは少し間を置いて、グラスを手に取った。
 グラスを傾けて、ワインを口に含む。先程とはまるで別物の美味さだった。
すっきりした酸味。舌で感じる滑らかさは上質の絹のよう。喉越しは涼風のように爽やか。身体に活力が湧いてくるような感覚さえあった。
 「波紋」のエネルギー入りのワインだ。
 数奇なる運命の結果、今ジョセフと共にある力を、彼は何の躊躇も無く友人を励ます為に使ったのだった。

『悩めるご婦人への、ささやかなプレゼントじゃよ』

 ジョセフが茶目っ気たっぷりにウインクを飛ばした。



 あとがき

  ヴィルヘルミナは本当に一途な女性だと思います。
 メリヒムとくっ付いてたらエンゲージリンクの二人に匹敵するバカップルになってたでしょう。



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