――自分はいよいよ本格的に頭がおかしくなったらしい。
 





 半ば逃げるようにして吉田と亜紀の前から立ち去り、ゆかりは未だふらふらと市街を歩いていた。
 寂れたタバコ屋の前を通る。ガラス戸に映った自分の顔はお世辞にも健康的とは言い難い様相を呈していた。
その表の自販機の前で立ち止まり、温かいレモンティーを購入する。どうでもいいことだが、今時珍しく百円で買えるタイプの自販機だった。
壁にもたれ掛かりながらレモンティーを飲み、ほう、と一息を吐くと幾分か気分が落ち着いてきた気がした。少なくとも、先程の光景を思い返して取り乱さない程度には。
 ……さっきのあれは、何だったんだろう?
 亜紀が駆け出して、前を歩いてきた男性にぶつかって転んだ。それは間違い無い。だというのに、吉田も亜紀もまるでそんなことは無かったかのように振る舞っていた。
最初からぶつかった男性なんていなかったみたいに。
 ゆかりは所謂オカルティズムの類にはあまり興味が無い。精々ティーン誌掲載の星占いの結果が良ければちょっぴり嬉しくなり、悪ければちょっぴりへこむ位。
幽霊だの妖怪だの悪魔だの未確認飛行物体だのはテレビの特番などで娯楽として楽しむことがある程度だ。心底からそういうものを信じている訳では、もちろん無い。
だが、級友の無惨な姿を目撃したあの日以来、どうにも納得の出来ない不可解な出来事が続いている。見間違いや勘違いで済ませられる限度を、そろそろ越えそうなのだ。
つい先ほど起こった不可思議な出来事で、何か戻るに戻れぬ決定的な線を越えてしまったような……そんな気がしてならなかった。
 ピピピピ、という音が鳴っていることに気付いて、ゆかりは自販機を見やった。「当たり」を示すランプが点灯している。それが急に消えた。
そう言えば、当たりが出てから二十秒だか三十秒だか過ぎると無効になるんだっけ。半分程中身の残った缶を握りながら、ゆかりはぼんやりとそんなことを考えた。

 





戻る

inserted by FC2 system